瓶詰めされた欠伸

 漏れ出た「欠伸」を圧縮してできたのは、石ころみたいな固まりだった。

 掌に乗せて、わけもなく転がしてみる。熱いと言うわけでも冷たいと言うわけでもない。どちらかと言えば、ひんやりとしていて気持ちが良い。
 大気中に漂っている水が急激に冷却されることで、雪になるのだと聞かされて、思い付いた実験だった。
 ――夏始まりに降らせる雪、材料は僕。
 おおよそ予想していたものとは違うけれど、これは、これで面白い。
 たぶん、氷とビー玉を強く意識しすぎたせいだろう。形にばかり気を取られて、中身を忘れた。それだけだ。
 僕の魔法は真新しく思い浮かんだ思考へと、すぐに引っ張られる癖がある。
 困ることもある。が、今回は誰が何と言おうと成功だ。
 実体として生み出せた、すなわち、「彼女」にも見せてあげられるという、この上なく重要な点を押さえることができているのだ。さらに求めることなど、ない。
 ほっといていても溶け出すことはなさそうなので。何かに使えはしないか、と僕は考えた。
 少なからず力を込めたからこそ、意味付けは重要だ。曖昧なままではどうしても人の手に余る。純粋なままであればあるほど、益も害も大きくなる。住む世に合わせることも大事だ。
 どうせならば彼女にとっても実用的なモノになってくれた方が、生みの親としても嬉しい。首飾りは――もともと好む人ではないから、髪飾りはどうだろう。そのまま使っては重すぎる。けれども、砕いて敷き詰めれば問題ない。少しぐらい大きめの方が映える――。
「あっ、そう言えば」
 ――実は、最近ね……。
 彼女の艶やかな銀髪を思い描いているうちに、ふと、思い出した。
 そうだ。役に立てることがあった。これならば彼女の悩みを取り除くことができる。
 困った顔も愛らしかった、でも、やっぱり微笑んでくれる方が何倍もいい。
 石を持ち上げて窓から差し込む日に翳す。
 丸みを帯びた面全体に、ぼやけた白い渦が纏わりついていて中心が良く見えない。
 どこか重たくもたついている感じだ。このまま渡してもきっと、僕が望んだ通りの効果はあるだろう。
 しかし。
 もっと軽やかな方が彼女には似合うような気がして、今朝一番の朝靄(あさもや)を含ませた、適度に刺々しい麻布でせっせと磨いてみた。
 すると、どうだろう。
 靄に雲を吸い取られ、つるり、となった表面は、僕が思った以上に上手く光を溜め込むようで優しく光り出した。
 温かで柔らかい、ふんわりとした光の膜が、何気に眠気を誘う。
 とたん、また漏れ出す酸素不足の副産物。最高だ。材料には事欠かない。
 目の端、生理的に込み上げてきた涙を払い除けて、僕は作業に戻った。
 
 ***
 
 気が付けば、日は沈んでいた。誇らしげに鳴き始めた梟たちのおかげで、夜の主が、星々で飾られた宵の階段を駆け上がっていることを知る。
 手元には、大小、様々な大きさの球が散らばっている。
 僕だけでなく、ネコやキツネ、オオカミの欠伸でも作ってみた結果だ。
 磨けば、皆同じように淡い光を纏ってくれた。
 が、透明なまま(涼やかさは感じるけれど)も味気なかったので、色を付けることにした。
 光を邪魔せずに落ち着く色味、と言えばあれしかない。
 雑多に物が溢れる作業台から腰を上げ、部屋の奥に移動する。目指すは道具棚、と言っても、狭い場なのでほんの数歩だ。
「よっ……と」
 天井からつり下がった蝋燭の灯りを便りに手を伸ばし、瓶詰めにしていた「夕闇」と「宵闇」を棚から持ち出した。
 定位置へと戻り、コルク栓を外す。と、閉じ込められていた「夜」の空気が零れ出して、鼻孔をくすぐった。
 仄かな甘さを感じさせる香りに、どちらも春先に集めた「闇」であったことを思い出した。
 心地良いなと感じつつ、愛用のスポイトを突っ込んで色を吸い取る。そして、移した。
 温かさの詰まった橙と、月のきらめきが仄かに混じるしっとりと濃い群青が、丁寧に磨き上げた玉の中、じんわりと染み込んでいく。出来上がりだ。
 用意していた、大きめのガラス瓶に一つ、一つ落としていく。
 からり、からり、涼やかで楽しげな音を立てて、最後の欠伸が詰まった。
 ゆっくり栓を押し込む。
 
 ――暑苦しくて眠れないと、嘆いていた君への薬になればいい。

 手元で揺らめくランプの灯火を浴びては、瓶の中、きらり輝く小さな夜の集まりに、僕はもう一度願いを吹き込んだ。
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